あらたま内科・糖尿病内科を初めて受診したのが8月29日ですが、おくすり手帳には何もないので、その時には何も処方されなかったのだと思います。血糖値測定器を渡されて、使い方を教えてもらった記憶があります。
1975年、小学校6年生で1型糖尿病になりインスリン注射が必須になる。糖尿病で入院したことによりいじめにあい不登校になり、中学校はほとんど行っていないので実質は小学校卒業だけ。30代で糖尿病性網膜症になり失明。その後、精神障害を患い、うつ病と診断される。57才で末期腎不全になり、2022年3月南松山病院に入院して透析治療を受けるが、胃潰瘍になり、胃潰瘍が治療できず2022年7月、58才で死亡。 現在闘病中、介護中の方は詳細な記録、音声や動画での記録、書類の保存をしておいて、将来闘病する人や介護をする人のためにSNSで発信してもらいたいと思います。 ブログを書いているのは兄(長兄)です。
2025年11月30日日曜日
2025年11月29日土曜日
2025年11月28日金曜日
2025年11月27日木曜日
処方薬2018年10月26日~2019年5月7日
藤山糖尿病・代謝内科はおくすり手帳に手書きだし、処方されたノボラピッド30ミックス注フレックスペンは使用前に良く振って注射液を混ぜる必要がありました。あらたま内科・糖尿病内科に変わってからはミックスが処方されることはありませんでした。
藤山糖尿病・代謝内科に何十年と通院して失明はするし、腎臓も悪くなるし、最後の外来の2019年8月28日には出入り禁止だというようなことを南高井病院に電話されるし、失明した時点で他の糖尿病専門医に変えていたら良かったのではないかと思いました。
その当時、弟と妹がどう思っていたのか話を聞いていないのでわかりません。
久米病院精神科は2010年くらいから受診していたのだと思いますが、あそこは院内処方でおくすり手帳を出せとは言わないので、何も記録がないのだと思います。最後のページのメモのところに弟が鉛筆で書いたと思われる久米病院精神科の処方薬が書かれていました。
2025年11月26日水曜日
2025年11月25日火曜日
2025年11月24日月曜日
血糖値2022年1月~3月
あらたま内科・糖尿病内科では食事前と寝る前の4回血糖値を測るように言われていました。血圧も測るように言われていました。その後は久米病院内科、千舟町クリニック訪問診療、南松山病院内科、ベテル三番町クリニック訪問診療と変わっていきました。
今考えると糖尿病専門医のいない久米病院内科にしたのがいけなかったかもしれません。その後の千舟町クリニック訪問診療、南松山病院内科、ベテル三番町クリニック訪問診療も糖尿病専門医ではありませんでした。
いつ頃から自宅で血糖値を測るようになったのかわかりませんが、検索すると2010年代のようです。
一日に何回も指に穿刺するから、妹の指は固くなっていました。針を刺しても血が少なくてエラーが出ることもありました。南松山病院入院中も看護師が測定に来ていましたが、血が少なくて測定できなかったのか、もう一度測るということが何度かありました。
注射だけでもかわいそうなのに、血糖値測定のために針を刺すのはかわいそうでした。
2025年11月23日日曜日
血糖値2021年2月~12月
入院診療計画書では3月16日まで入院となっていたのに、精神科へ転院させると言いながら、2021年2月3日に天山病院を強制退院になりました。
11月6日にはシャント手術で南松山病院に入院しましたが、不穏ということで当日の夕方に強制退院となりました。
血糖値2019年8月~12月






















































