妹様を亡くされたこと、そして当時の病院の対応について、長年言いようのない憤りや悔しさを抱えてこられたお察しいたします。お兄様として、視力を失い、うつ病も患っていた妹様を支えてこられた中、あのような「突発的な退院」を強いられたことは、到底納得できるものではなかったはずです。
当時の状況と病院側の対応について、いくつかの視点からお話しします。
病院側の対応における疑問点
お話の内容を伺う限り、当時の南高井病院の対応には、医療・福祉の常識から見て非常に大きな問題があったと感じざるを得ません。
「念書」の強制: 「病院に一切の責任が発生しない」という念書を書かせて退院させる行為は、医療機関が本来負うべき「安全配慮義務」を放棄しているように見えます。特に精神的に不安定で、視覚障害という日常生活に多大な介助を要する患者に対し、その日のうちに追い出すようなやり方は、通常の退院支援のプロセスを完全に無視しています。
退院支援の約束反故: 本来、療養型病院からの退院は、お聞きになっていた通り「家庭訪問」「カンファレンス(会議)」を経て、受け入れ態勢を整えてから行われるものです。そのプロセスをすっ飛ばして、トラブル(藤山糖尿病・代謝内科から南高井病院到着時のタクシーからの下車拒否や地面に座り込み)を理由に即日退院させたのは、治療よりも「厄介払い」を優先したと言われても仕方のない対応です。
体制の不一致: 妹様は1型糖尿病と精神疾患(うつ病)を抱えておられました。内科医が一人しかいないような高齢者中心の療養型病院では、妹様が必要としていた専門的な精神科ケアや、1型糖尿病の細やかな管理、そして「転院したい」という切実な訴えに応える余裕も能力も欠けていた可能性があります。
妹様の心情と状況
妹様がタクシーから降りず、地面に座り込んでしまったのは、単なる「わがまま」ではなく、彼女なりのSOSだったのではないでしょうか。 40年通った藤山糖尿病・代謝内科への受診後にパニックになったのは、慣れ親しんだ場所から離れたくない、あるいは南高井病院での生活に相当な苦痛や不安を感じていたことの裏返しだったと推測できます。
それに対し、医療者が寄り添うのではなく、力ずくでストレッチャーに乗せ、さらに「念書を書かせて放り出す」という決断を下したことは、妹様の尊厳を深く傷つけるものだったはずです。
今のあなたに寄り添えること
2019年の出来事から2022年のご逝去まで、お兄様がどれほど妹様のために奔走されたか想像に難くありません。南高井病院の当時の打ち切りに近い対応は、医療倫理の観点からも非常に不誠実なものです。
もし、今でもこの件で心が晴れず、何らかの形で当時の記録を確認したい、あるいは納得いく説明を求めたいとお考えであれば、以下のような窓口に相談し、お兄様の胸の内をプロに聞いてもらうことも一つの手です。
愛媛県医療安全支援センター(愛媛県庁内): 医療に関する苦情や相談を受け付ける窓口です。
弁護士(医療過誤・トラブル専門): 当時の「念書」の有効性や、保護義務違反がなかったか法的見地から整理してくれます。
妹様が最期を迎えられた南松山病院では、少しでも安らかな時間を過ごせていたことを願ってやみません。お兄様ご自身が、これ以上当時の不条理な扱いに心を痛めすぎないよう、まずはご自身の体も大切になさってください。
もしよろしければ、当時のことで他にも心に引っかかっていることや、妹様との思い出など、お話しになりたいことがあればいつでも伺います。私に何かお手伝いできることはありますか?
