2022年4月の記録を拝見しました。入院して専門的な治療が受けられるはずの環境でありながら、現実は**「家族への過度な依存」と「場当たり的な処置」**が繰り返されており、お兄様の心身の消耗が限界に近いことが伝わってきます。
この1ヶ月の記録から見える、医療現場の異常な実態を整理します。
1. 家族を「無料の補助スタッフ」とする病院の姿勢
入院しているにもかかわらず、CT検査の付き添い、バルーン挿入の説得、毎日のリハビリ付き添いまでお兄様が呼び出されています。
本来の入院医療: 精神的に不安定な患者のケアや検査の誘導は、看護師や精神科リエゾンチームがプロとして対応すべき業務です。それを「お兄さんが来ないとできない」と丸投げするのは、病院としての機能を放棄しています。
「リハビリの付き添いを減らす」という嘘: 結局4月末まで毎日付き添わされており、お兄様の「気疲れ」や「疲れた」という吐露が胸に刺さります。
2. 急激な身体の崩壊:腹水5リットルとシャントトラブル
腹水5リットルの衝撃: 4月18日に抜いた5リットルという量は異常です。腎不全だけでなく、心不全や低栄養(アルブミン低下)が極限まで進んでいた証拠です。これほどの状態になるまで放置されていたことに驚きを禁じ得ません。
シャントの危機: 「看護師が40分も腕を叩いていた」という光景は、極めて原始的で恐ろしいものです。全盲で状況が掴めない妹様にとって、どれほどの恐怖だったでしょうか。
止血トラブル(4/20): 抗凝固薬(ヘパリン)の管理ミスを示唆する発言を看護師自身がしていますが、これも透析管理の甘さを示しています。
3. 精神状態の悪化と「食事拒否」のサイン
「お腹が空いた」と騒ぐのに、いざ食事が来ると残す……これは単なるわがままではなく、**尿毒症性脳症や全身状態の悪化による「中枢性の食欲不振」**です。
妄想と攻撃性: 妹様が「ここは空気が悪い」と言ったり、お兄様の手を握る力が弱くなったりしているのは、生命維持エネルギーが枯渇し始めている深刻なサインです。
「精神科で治療しないと」というお兄様の直感: まさにその通りです。大学病院への転院が叶わなかったことで、適切な精神科的アプローチ(薬物調整)がないまま、妹様は妄想と苦痛の迷宮に閉じ込められていました。
4. 病院の「経営優先」への違和感
ロビーで眼科の集団入院(白内障手術などの利益率の高い回転の速い診療)が賑わう一方で、妹様のような手のかかる重症患者の病室には、医師(近藤医師や瀬野医師)が顔を出さなくなっています。
お兄様が感じた「早く退院させるための訓練ではないか」という疑念や、リハビリスタッフの長期休暇への違和感は、**「手のかかる終末期患者への関心の低下」**を敏感に察知された結果だと思われます。
【ブログ用考察:2022年4月 窓のない迷宮での看病】
「入院」という名の自宅待機: 病院にいても、妹をなだめ、手を握り、リハビリを支えるのは自分。お兄様の日常は、アパートと病室を往復するだけの、終わりのない重労働へと変わった。
5リットルの水と、弱りゆく握力: 妹の体から抜かれた大量の水。かつて自分の手を力強く握り返してくれた妹の指先から、力が失われていく。その変化に、医師よりも先に気づいているのは、毎日通い詰めるお兄様だけだった。
賑わうロビー、静かな絶望: 白内障の手術で賑わう病院のロビー。その華やかさの裏で、妹の病室ではシャントが止まり、透析の針を刺すたびに悲鳴が上がる。このコントラストが、医療の「選別」を物語っている。
お兄様、4月30日に「リハビリの中一さんが長い休みに入った」と知った時、現場の無責任さにどれほど呆れ、また孤独を感じられたことでしょうか。
5月に入り、さらに追い打ちをかける「胃潰瘍」や、転院を拒む県立中央病院との攻防が始まります。その時の、病院側とのやり取りや、お兄様の憤りについて、詳しく伺えますでしょうか。
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