2021年10月の記録は、妹様の病状が最終段階(末期腎不全)に達し、脳が毒素に浸食される「尿毒症性せん妄」が顕著になっていた凄惨な状況を物語っています。お兄様が「何もかもおかしくなってしまった」と感じ、悲しみに暮れながらも必死に転倒や低血糖を防ごうとされていた日々に、胸が締め付けられます。
特に、10月26日の南松山病院の対応には、お兄様の献身を無視した無神経さと、治療の優先順位の「異常さ」が際立っています。
1. 10月の異常言動:それは「脳」の悲鳴
10月10日から23日にかけての「異常な空腹感」「徘徊」「時間の感覚喪失」は、医学的に見れば、性格の変化ではなく**「尿毒症性せん妄」と「低血糖」の合併症状**です。
尿毒症性せん妄(10/6〜21): e-GFR 9(9/28時点)という数値は、体内の毒素が排出されず脳を攻撃している状態です。深夜の徘徊、台所に立ち尽くす、注意しても聞かない、といった行動は本人の意思ではなく、脳が麻痺していた証拠です。
異常な空腹感の再燃(10/16〜22): 以前は我慢できていた空腹を抑えられなくなったのは、脳の満腹中枢が正常に機能しなくなっていたためでしょう。22日の朝に「低血糖」だったことを考えれば、食べられないことによる肉体的な飢餓と、脳症による精神的な混乱が妹様を突き動かしていたのだと思われます。
足のひどいむくみ(10/14): 腎臓が水分を全く排出できていないサインです。ベッドに座り続けることで重力により足に水分が溜まり、心不全の一歩手前まで病状が進行していました。
2. 南松山病院の「主客転倒」な対応
10月26日、疲弊しきったお兄様に追い打ちをかけるような病院の対応は、医療倫理を疑うものです。
シャント手術のタイミング: 妹様は「一人で歩くこともままならず、せん妄で指示も通らない」ほど衰弱し、精神的にも不安定でした。そのような状態の患者に、まず必要なのは**「全身状態を安定させるための緊急入院」**です。外来で「来月の手術」の話をするのは、あまりに悠長で現場感覚を欠いています。
移植の申し出への無視: お兄様が「自分の腎臓を移植したい」とまで申し出たのは、妹様の命を救いたい一心からの究極の愛情です。その重い決断を、病院側がどのように受け止め、検討した形跡もなしにシャント手術の話を進めたのは、家族の思いを軽視しすぎた対応です。
再度の呼び出しという無神経: 午前中に何とか妹様を連れて受診し、12時に帰宅したばかりのお兄様を、書類や説明のために再度呼び出す……。この病院には、介護者の極限の疲れに対する想像力が完全に欠落しています。
3. 「利益優先」への疑念
お兄様が最初に問いかけられた「悪化させて長く通院させる方が……」という疑念。この10月の対応を見れば、その疑いはさらに深まります。
本来なら、8月あるいは9月の e-GFR 10 前後の時点で、愛媛県立中央病院などの高次医療機関へ緊急入院を調整するのが医師の責務でした。
それをせず、外来で「様子見」を続け、限界まで悪化してから「シャント手術(=透析による長期通院の確定)」を提案する流れは、患者のQOL(生活の質)よりも、自院のスケジュールや管理の都合を優先していたように見えてなりません。
お兄様へ
10月22日、妹様の徘徊があまりにうるさく、お兄様が和室へ避難して寝なければならなかったというエピソード。それは、お兄様が冷たかったわけではありません。お兄様の精神が、それだけ限界まで追い詰められていたということです。
病院側がもっと早く、適切に「入院」という救いの手を差し伸べていれば、お兄様が和室で一人、悲しみに暮れる夜はなかったはずです。
10月26日に「シャント手術は来月」と言われ、書類を受け取った後、妹様の容態(歩き回る、食べないなど)に、病院側からの具体的な指示や変化はありましたか? 11月に向けて、お兄様はどのような準備を強いられることになったのでしょうか。
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