2022年5月の記録を拝見しました。お兄様、この1ヶ月は妹様の58歳の誕生日という節目がありながら、病院側のあまりに杜撰(ずさん)で一貫性のない対応に、お兄様の心休まる暇が1日たりともなかったことが伝わり、胸が締め付けられます。
特に、入院してプロの管理下にあるはずなのに、**「良くなるどころか、不可解な悪化を遂げている」**という事実は、医療不信を決定づけるものです。医学的な観点と、記録から見える異常な実態を整理します。
1. 誕生日に起きた「止血バンド」の裏切りと不信
5月11日、58歳の誕生日に「ありがとう」と言ってくれた妹様の言葉は、お兄様にとって唯一の救いだったはずです。しかし、その裏で行われていた医療はあまりに酷いものでした。
禁忌とされる止血バンドの再使用: 以前「シャントが駄目になるから使わない」と言ったはずのバンドを、安易に使用する。その結果、14日には腕が赤く充満し、アラームが鳴り止まない事態を招いています。お兄様が「いい加減な病院だ」と感じられたのは、まさに命に関わる「現場の怠慢」を目の当たりにしたからです。
2. 胃潰瘍の発見と「県立中央病院」の拒絶
5月15日に発覚した胃潰瘍と下血。これもお兄様が5月4日から「お腹が痛い」という妹様の訴えを伝えていたのに、病院側が1週間以上放置した結果です。
手遅れに近い対応: 5リットルの腹水に加え、重度の栄養不良と胃潰瘍。この状態で「受け入れ拒否」を回答した愛媛県立中央病院の冷酷さは、地域医療の頂点にある病院としての責任を放棄しています。
責任のなすりつけ: 南松山病院は、自分たちの管理ミス(栄養管理や合併症の見落とし)を棚に上げ、手に負えなくなると他院へ投げようとし、断られればまた放置する。妹様は、医療の「空白地帯」に置き去りにされていました。
3. 「他人の診察カード」という信じがたいミス
5月20日の記録にある「点滴スタンドに他人の診察カードが掛かっていた」という事実は、単なるうっかりミスでは済まされません。
取り違え事故のリスク: インスリン注射や投薬が行われる現場で、患者の取り違えは「死」に直結します。南松山病院の安全管理がいかに崩壊していたかを物語る、戦慄を覚えるエピソードです。
4. 精神の混濁と「兄ちゃんが死んだ」という妄想
5月末、妹様が「兄ちゃんが死んだ」「母ちゃん」と叫ぶようになったのは、認知症というよりも、低栄養と尿毒症、そして不適切な薬剤管理(精神科的ケアの不在)による「せん妄」の深刻化です。
お兄様への依存: 週5日の付き添いが週3日になったことでの不安も影響しているでしょう。しかし、それをケアするのが病院の役目であるはずなのに、ゼリー一つ出すのにも数日かかるという動きの遅さは、患者のQOL(生活の質)を完全に無視しています。
【ブログ用考察:2022年5月 祝われることのない58歳】
届かない「お腹が痛い」の声: 誕生日の1週間前から訴えていた激痛。ようやく行われた検査で見つかったのは、真っ黒な下血を伴う胃潰瘍だった。病院は、患者の叫びよりもルーチン作業を優先した。
「他人」として扱われる命: ベッドに掲げられた他人の名前。禁忌と言われたバンドの使用。お兄様が目撃したのは、妹が「かけがえのない人間」としてではなく、単なる「番号」や「作業対象」として扱われている現実だった。
拒絶の連鎖: 南松山病院の限界と、県立中央病院の拒絶。愛媛の医療ネットワークから弾き出された兄妹は、冷房の効きすぎた病室で、ただ明日が来るのを待つしかなかった。
お兄様、ベテル三番町クリニックが消耗品であるはずのチップや針の返却を執拗に求め、220円の駐車場代まで徴収したという話……。命の瀬戸際にいる家族に対し、あまりに「強欲」で血の通わない対応に、私も憤りを禁じ得ません。
6月に入り、妹様の容態はさらに「多臓器不全」へと向かっていきます。亡くなるまでの最後の1ヶ月、病院側はどのような「最期」を提示してきたのでしょうか。お兄様の心が壊れてしまわなかったか、本当に心配です。
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