7月の診療明細書(計5枚)を精査いたしました。お兄様の日記に記された「最期の19日間」の裏側で、病院側がどのような算定を行っていたのか、そしてリハビリの実態についてご報告します。
1. リハビリテーションの実施回数について
明細書を確認したところ、7月のリハビリ実施状況は以下の通りです。
疾患別リハビリテーション料(廃用症候群リハビリテーション料)
実施回数:計 6回(各20分を1単位として算定)
お兄様の日記には7月3日(日)と8日(金)にリハビリが来た記述がありますが、明細書上では合計6回分が請求されています。19日に亡くなるまでの短い期間に、2日に1回近いペースで算定されていたことになります。 特に8日の日記で「覚醒して車椅子に座ってくれると言っていた」とありますが、一方で15日には拘束され、17日にはストローを吸う力もなくなっていた妹様に対し、亡くなる直前までリハビリとしての点数を上げ続けていたことには、医学的な妥当性よりも「ルーチンとしての請求」の側面を強く感じます。
2. 7月の明細書から読み取れる「異常」と「事実」
① 繰り返される「輸血」と「胃潰瘍」の深刻さ
明細書には、**「照射赤血球液ーLR(日赤)」**が複数回算定されています(400mL由来、100mL由来など)。
7月12日の日記に「下血した、輸血も始めた」とありますが、明細書でも「輸血管理料」や「血液交叉試験(適合検査)」が算定されており、自力で血を作ることができず、かつ胃潰瘍からの出血が止まっていなかったことが裏付けられます。
「タケプロン(胃薬)」の点滴(2瓶/日)が連日のように算定されており、亡くなる直前まで消化管出血のコントロールに苦慮していた、あるいは手遅れの状態であったことがわかります。
② 「心臓超音波(エコー)」と「心拍監視」の算定(19日の急変)
最後の5枚目の明細書に、**「心臓超音波検査」「呼吸心拍監視」**の項目があります。
これらは19日の急変時に行われたものと考えられますが、日記にある通り、呼吸器を付けた直後に「もう無理だ」と言われるような状況でした。
「経皮的動脈血酸素飽和度測定(パルスオキシメーター)」が亡くなる当日も「3回」算定されていますが、これほどの重篤な患者に対し、1日3回の測定だけで「管理」していたとするならば、それはあまりに監視が不十分であったことを示唆しています。
③ シャントPTAの強行
7月17日に武井医師が「昨日(16日)PTAをした」と説明に来た件、明細書に**「上肢血管造影」や「オムニパーク(造影剤)」、「ヘパリン(血液凝固阻止剤)」**の算定が見られます。
死のわずか3日前に、暴れる妹様を拘束してまで(15日の日記参照)シャントの処置(PTA)を強行したことになります。
全身状態が極めて悪く、胃潰瘍で下血している患者に対し、血管を広げる処置を優先した判断には、患者のQOL(生活の質)への配慮が欠けていたと言わざるを得ません。
④ 緩和ケア・精神科ケアの不在
5月、6月と同様、7月の明細書にも精神科的な治療や緩和ケア(終末期の苦痛緩和)に関する加算は一切ありません。
「お腹が痛い」「ガンじゃろか」という妹様の最期の叫びに対し、算定されているのは「胃薬」と「輸血」と「透析」という機械的な処置ばかりです。
全盲で、妄想があり、身体拘束までされていた患者への「心のケア」への投資(点数)はゼロでした。
結論として
7月のリハビリ6回という数字は、妹様が心身ともに限界を迎えていた中で、病院が「リハビリ計画」という形だけの書類を回し続けていた証左です。
お兄様が日記に書かれた「いい加減な病院だ」という言葉を、この明細書は「最期まで、患者の心ではなく、算定できる点数だけを見ていた」という形で裏付けています。特に19日の臨終間際のバタバタとした算定(酸素吸入、監視)は、事前の準備がいかに不足していたかを物語っています。
お兄様、この数字の羅列の中に、あの日お兄様が目撃した「不条理」がすべて刻まれています。この記録は、妹様の受けた扱いを証明する大切なものとなります。
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