2025年10月25日土曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話13

 2020年2月3日に訪問リハビリをするドリーム・サポート訪問看護ステーションから三人とケアマネージャーが来て打ち合わせがありました。

2月10日からリハビリが開始しました。月曜日と金曜日の週2回で各40分です。南高井病院に入院している時はリハビリを嫌がっていると言われたのですが、訪問リハビリは気に入ったのか週3回にしたいとケアマネージャーに伝えました。

リハビリがない日は13時から17時まで手すりを持って伝え歩きをしていました。それというのもリハビリの結果で同行支援をするかどうか決めるとケアマネージャーから言われていたので、熱心に歩けるようになりたいと思っていたのでしょう。妹の楽しみといえば、2020年頃まであったいよてつ高島屋のシンプルライフというレナウンの店舗で服を買うことでした。弟が生きている頃は毎週行っていたのではないでしょうか。

私も連れて行ってやりたいと思いながら、タクシーしか移動手段がなく、病院へ連れて行くだけでかなり疲れていましたので、余裕がありませんでした。

2月10日から始まった訪問リハビリでしたが8回目の3月6日に受けたのが最後になってしまいました。この日に階段から転落してしまったのです。6日の夜中1時頃だったと思いますが、ドタンという音で目が覚めました。寝床に妹がいないので階段の方へ行くと妹が倒れていました。この時にすぐ救急車を呼べば良かったのですが、8月に勝手口から転落した時は靭帯損傷だけだったので、朝になってから砥部町の西村外科小児外科へ連れて行きました。

レントゲンを撮ると骨折はしていないということで安心しました。ひざを損傷しているということでサポーターのようなものを付けられました。行きは介護タクシーで行ったのですが、帰りは予約が入っているということで、車椅子を押して帰宅しました。

この日は訪問リハビリのある日だったので、どうするか妹に聞くと受けると言うので受けました。西村外科小児外科病院は骨折していないと言っていましたが、実は3月8日に済生会松山病院へ救急車で行くと腰を骨折していたのでした。

2025年10月24日金曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話12

 弟が亡くなり2019年8月から私が同居して妹の面倒を見ることになったのですが、砥部町社会福祉協議会のケアマネージャーに訪問介護、訪問看護、同行支援を受けたいと伝えたのですが拒否されました。

どういう経緯があったのかわかりませんが、2020年1月29日にケアマネージャーが来て訪問リハビリを受けないかと言われ、妹も受けたいということで、後日日程を決めることになりました。それならどうして平成脳神経外科病院を退院してすぐに受けるように手配してくれなかったのだろうかと思いました。



2025年10月23日木曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話11

 2019年12月19日に久米病院から電話があり精神科病棟から内科病棟へ移ったということでした。精神科病棟の出入り口は常時鍵がかかっており、入るにはインターフォンで面会に来たことを伝え鍵を開けてもらう必要がありました。内科病棟はそういう必要はなく病室まで直接行くことができました。

12月20日に退院ということになり、インスリン注射や薬をもらって帰宅したのですが、帰宅してから注射器の針ではなく血糖値を測る時に血を取るための針だということに気付き、自転車で行こうか迷ったのですが、もう夕方で病院が閉まっているといけないと思いタクシーを呼んで取りに行きました。タクシー代が1往復半もかかってしまい痛い出費でした。受け取る時にちゃんと確認しておけば良かったと後悔しました。

入院する時に、妹は目が見えないので自分で電話をすることができないから、代わりに電話を掛けてくれと電源を入れたままのガラケーと充電器を看護師に渡していたのですが、退院する時には電源が入りっぱなしで充電が切れた携帯電話を返してくれました。この携帯電話から電話が掛かってきたことはありませんでした。それと床頭台に何枚かのテレホンカードを入れておいたのですが、それが全部なくなっていました。

精神科に入院したのはこれが最初で最後になりました。久米病院には内科に2020年11月2日入院することになるのですが、この時に入院をするのは嫌だと言って病室へ移動しなかったので車椅子に乗せて移動させようとして大腿骨を骨折してしまいます。

2019年8月の勝手口からの転落、2020年3月の階段からの転落、2020年11月の久米病院での骨折、私がもっと注意深かったら怪我をしていなかったのに、良い病院、良い医師を選択していれば妹はまだ生きていたはずなのにと後悔ばかりです。

2025年10月22日水曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話10

 早く入院したいと言って2019年11月15日に入院した久米病院の精神科でしたが、翌日に面会に行くともう退院したいと言っていました。精神状態から来るものなのか、入院生活が想像していたものと違って我慢できなかったのかわからず、振り回される私は大変でした。食堂にはテレビがあったのですが、病室になかったのが気に入らなかったのかもしれません。ラジオは持って行ったような記憶があるのですが、見えなくてもテレビの音を聞きたかったのかもしれません。



2020年11月2日に久米病院内科に入院した時も、入院を勧めるアトムケアサポートのケアマネージャーからの電話に久米病院はテレビがないから嫌なので天山病院に入院したいと返答していましたが、ケアマネージャーは怒ったのか電話を切ってしまいました。

11月29日に面会に行った時に看護師から来週にも退院できると言われました。入院していると食事もいちいちカロリー計算もしなくて良いし、インスリン注射も血糖値測定もしないで良いので楽ですが、その代わりに面会に行くのが大変です。

晴れていれば砥部町から8kmちょっとの距離を自転車で行きましたが、雨の日はバスで立花まで行き、立花から伊予鉄電車で久米まで行っていました。

血圧が高いので退院は12月半ばに延期になりました。

2025年10月21日火曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話9

平成脳神経外科病院を退院した9月だったか翌月の10月頃だったか忘れましたが、お経が聞こえるとか、食事しても霊が食べてしまうのでおなかが空くのだととか変なことを言い出しました。いつ頃から幻聴があるのか聞いてはいませんが、弟が生きていた頃かららしく、弟も困ったのかケアマネージャーに霊媒師はいないか聞いていたと妹が言っていました。

11月9日に妹が久米病院精神科を受診したいと言い出しました。記録がないのでわかりませんが、最後の受診は2019年3月か4月だったのだろうと思います。

11月13日に予約を入れて受診することになりました。当日になると妹は行かないと言うので、私一人で行き薬をもらって来ました。医師は入院した方が良いと言うので、妹に伝えるとすぐにでも入院したいと言いました。



11月14日に久米病院に電話すると15日に入院ということになりました。まだ歩くと足が痛いと言うので介護タクシーの予約をしようとしましたが空いていないと言われ、仕方なく通常のタクシーで行くことになりました。妹をおぶってタクシーに乗せるのは大変でした。

2025年10月20日月曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話8

 2019年8月28日に藤山糖尿病・代謝内科を受診した時に、もう二度と来るなと出入り禁止の電話を南高井病院にされていたので、あらたま内科・糖尿病内科を8月29日に受診していました。南高井病院を突然退院させられる前にケアマネージャーと内科外来をどうするかという話があったのですが、妹は同じケアマネージャーと藤山糖尿病・代謝内科で良いという話だったのでそうしたのですが、今になると希望を聞いてくれないケアマネージャーと何十年も通っていたのに出入り禁止にするし眼科受診を言わずに失明までした藤山糖尿病・代謝内科をやめておけば良かったと思います。


9月29日の日曜日に急に胃カメラの検査を受けたいと妹が言い出したので、翌日にあらたま内科・糖尿病内科に電話すると予約が取れたので受診しました。記録も記憶もあまりないのですが、あらたま内科・糖尿病内科では胃カメラの検査はできないので、受診歴のある久米病院に問い合わせると予約すれば胃カメラの検査を受けられるということで、後日受けるということになったような記憶があります。

胃カメラの検査は南高井病院に入院している時にも受けたと妹が言っていたので、どうしてそんなに検査を受けたいのか聞きました。藤山糖尿病・代謝内科を受診した時におなかが空いてたまらないと言うと胃カメラの検査をしたら良いと言われたからだそうです。

胃が悪いからおなかが空くのではなくて、急激に血糖値が下がることで異常な空腹感を感じたのかもしれません。食前と寝る前に血糖値を測っていましたが、たまに低血糖のことがありました。採血して血糖値を測る機械ではなくて、腕に貼り付けて24時間血糖値を測れる機械にしていたら良かったのではないかと思います。でもどこの病院でもそういう測定器を使ったら良いと言われたことはありませんでした。

2025年10月19日日曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話7

今までは仕事に行って帰りは外食するか惣菜を買って帰って食べるという生活でしたが、毎日買い物に行って、カロリー計算をして食事を三食作り、血糖値を測ってインスリン注射をするというのは大変でした。ブログを書くために日記を見直しても記入していない日があります。疲れてしまって日記を書く余裕もなかったのかなと思います。仕事に行っている時のように休みの日というものがなく、家族も亡くなって私と妹だけなので代わってくれる人もいません。買い物は自転車で坂があるので余計疲れました。

弟の預金口座3つを相続する手続きもしないといけなくて、銀行、郵便局、信用金庫へ行ったり来たりしていました。

まだ生活に慣れない2019年9月29日の日曜日に急に胃カメラの検査を受けたいと言い出しました。食べても食べても空腹だから胃カメラの検査を受けたいのだそうです。今日は日曜日だから救急病院しか開いてないからと話しました。