2025年10月18日土曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話6

平成脳神経外科病院ではリハビリが必要なので1ヶ月くらい入院した方が良いと言われたと思います。退院前にカンファレンスがあって主治医、ケアマネージャー、看護師等が集まりました。本人は入院を嫌がっていたくらいなので、すぐにでも退院したいということで、2019年9月7日に退院しました。まだ歩けない状態なのでケアマネージャーが手配してくれた介護タクシーで帰宅しました。

退院後に訪問リハビリも手配してくれたら良かったのですが、それはありませんでした。私は介護保険、身体障害者手帳1級、重度心身障害者医療費受給者証でどんなサービスが受けられるかあまり理解していませんでした。医療費が無料になることやタクシーチケットがもらえることくらいしか知りませんでした。

年が明けてから訪問リハビリを受けることになったのですが、どうして平成脳神経外科病院を退院した時に訪問リハビリの提案をしてくれなかったのだろうかと不思議に思っています。訪問看護も受けたいと後に言ったのですが、このケアマネージャーの時には実現しませんでした。訪問診療というのもあると教えてくれていれば、タクシーで行き帰りするという経済的な負担もタクシー待ちをする時間もなくせたのですが、何も教えてくれませんでした。

弟が亡くなる前に受けていた訪問介護と同行支援を受けたいとケアマネージャーに言ったのですが、それも駄目だと言われ2020年にケアマネージャーの提案で訪問リハビリを受けるまでは何のサービスも受けられず、ケアマネージャーが家庭訪問に来るだけでした。

2025年10月17日金曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話5

 藤山糖尿病・代謝内科を受診した2019年8月28日は退院させられるとは思っていなかったので、雨の降るなか砥部町から自転車で行きました。森松から南高井病院に行くバスはあるのですが、便数が少なくて待ち時間が多いので自転車で行く方が早いのです。

自転車を置いたまま退院して砥部町に帰って来たので、翌日の8月29日にバスで南高井病院に行ったのですが、何と鍵を持って来るのを忘れていました。帰って鍵を持って来るとなると時間がかかるので鍵のかかっている後輪を持ち上げて森松バス停まで行きました。途中土砂降りになりカッパを着ましたが蒸して大変でした。バスで砥部町まで帰り、夕食を食べさせた後にまたバスで森松バス停まで行き自転車に乗って帰りました。

運転免許は失効しているし車もなく、買い物に行く唯一の移動手段が自転車なので早く取りに行く必要がありました。

退院してから4日目の8月31日、暑いので開けっ放しにしていた勝手口から妹が転落してしまいました。トイレだと思ってそのまま前に進んでしまったのだそうです。以前なら勝手口から出て犬と遊んでいたりしたのですが、約4ヶ月間家を離れていたので認知能力が衰えていたのでしょうか。50cmくらいの段差があるところを無防備で転倒してしまったので大事になってしまったと焦りました。

昼近かったので昼食を取らせて救急車を呼び、平成脳神経外科病院へ行きました。幸い大怪我はしていなくて、頭のたんこぶと足の靱帯損傷でしたが入院することになりました。入院は嫌だとぐずったので私も付き添いでいることになり個室に入りました。



2025年10月16日木曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話4

【元施設職員を逮捕】老人介護施設で女性2人が血を流し死亡 現場で何が 埼玉・鶴ヶ島市


医療や介護に携わる人間の多くは使命感を持って働いているというよりは、楽して給料だけもらえれば良いという考えなので、こういう事件が時々起こるのでしょうね。

退院は自宅の調査と会議後の9月になると言われていたと思いますが、2019年8月28日に南高井病院に言われるままに藤山糖尿病・代謝内科に妹を連れて受診しました。妹は南高井病院に戻りたくないと言い、藤山糖尿病・代謝内科からは出入り禁止だと南高井病院に電話されていました。

駄々をこねて大変でしたが何とかタクシーに乗せて南高井病院に戻って来ました。そこでもなかなかタクシーから降りないし、降りても病棟へは戻りたくないと地面にしゃがみこんでしまったので、病棟へは戻らないとだましてストレッチャーで病室へ戻りました。精神科の治療がなされていなかったからかどうかわかりませんが、異常な精神状態でした。

南高井病院に戻って来なかったら逃亡になると地域連携室の職員に電話で言われていたのに、戻って来たらいきなりもう退院だと言われ念書まで書かされました。念書には書かれていませんが、二度と来るな、出入り禁止だと言われました。



簡単なインスリン注射と食事のカロリーの説明を受けて退院となりました。数日前までは病院には責任があるから、退院してもちゃんと生活できるか自宅を調査して会議をしてから問題がなければ退院になると言っておきながら、手のひら返しの言動でした。

今考えれば救急車を呼んで他の病院に行っていれば良かったかもしれません。それでも入院できずに帰されたかもしれませんが。



2025年10月15日水曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話3

 妹は南高井病院には居たくないが、介護施設には入りたくないということで、取り敢えず他病院へ転院したいと希望していました。私が初めて面会に行った日、外来がなく寝たきりのような老人ばかりが入院している病院というのもあるのか雰囲気が悪く、看護師も親切ではありませんでした。私に妹の世話なんかできるわけがないと看護師にどなられたこともありました。

南高井病院には内科の主治医一人しかいないのか他の医師を見かけることはありませんでしたし、今まで診てもらっていた精神科、心臓血管外科、脳神経外科の治療はされていないようなので転院した方が良いと思いました。



主治医に言うと診療情報提供書は書かないから勝手に転院先を探せと言われました。砥部町社会福祉協議会のケアマネージャーに頼むと転院先を探すことはできないと断られました。

妹は南高井病院には居たくない。南高井病院は介護施設に移したいが、転院するなら診療情報提供書は書かないということで八方塞がりになりました。外来ならともかく、転院となると診療情報提供書なしで受け入れてくれるところはないでしょう。

迷った末に仕事を辞めて砥部町の実家に帰り、妹と住むことにしました。退院前には病院の職員が自宅を訪問して生活できるか調査をして、その後会議をして問題がなければ退院になると言われました。

2025年10月14日火曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話2

 両親が亡くなった1992年以降、弟は妹と同居して妹の面倒を見ていました。妹が失明してからは弟がインスリン注射をしていました。その弟が2019年に亡くなってしまい、注射をしてくれる人や食事を用意してくれる人がいなくなりショートステイセンター超(松山市東方町)を経て南高井病院に入院しました。

南高井病院入院中に何度か面会に行きました。妹は退院して、私と一緒に暮らしたいということでした。私は大阪市のワンルームマンションに住んでいて、同居するとなると新しく部屋を借りないといけないし、仕事も辞めないといけないかもしれません。大阪市や松山市の相談窓口で相談しましたが良い回答は得られませんでした。

南高井病院としては介護施設に入れたいようで、受け入れてくれる施設を探していると言っていました。私も大阪市で、または家のある砥部町に引っ越して妹の世話をするかすぐには決められませんでした。

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話1

 妹は私と5歳違いで1964年に生まれました。弟二人が生まれた時のことは覚えていませんが、妹の生まれた日のことは覚えています。

中学校に入るまで私は風邪を引いたりおなかを壊したりして、良く病院に連れて行ってもらう、あまり丈夫な体ではありませんでした。それに比べて妹は丈夫だったという記憶があります。

それが妹が小学校6年生の秋、1975年だったと思いますが、風邪のような症状で美川診療所に連れて行ったそうです。美川診療所はいつ頃できたのか覚えていませんが、美川村立の診療所で私が中学生の時にはまだなかったような気がします。

風邪のような症状が良くならないので松山市の土橋共立病院へ連れて行ったそうです。そうすると糖尿病だからを愛媛県立中央病院を受診するように言われ、当日受診したのか翌日受診したのか記憶がありませんが、受診したその日に入院したように記憶しています。

その時から藤山糖尿病・代謝内科へ変わっての1975年から2019年の44年間、同じ医師に診てもらっていたのではないかと思います。


愛糖協会報2022年2月号

その間に糖尿病性網膜症で失明しました。医師は一度も眼科を受診するようにとは言わなかったそうです。2019年5月から南高井病院に入院し、入院中の8月に藤山糖尿病・代謝内科を受診するようにと言われたので、妹を連れて受診しました。

妹は南高井病院に入院しているのは嫌だから転院したいので病院を紹介して欲しいと訴えましたが拒否されました。それどころかもう二度と来るなと南高井病院に電話していました。

2025年5月11日日曜日

妹の誕生日

 5月11日は妹の誕生日です。川崎市で小学校に男二人が乗り込んで教職員を暴行するという事件がありました。いじめが原因なのかはまだわかっていませんが、いじめは被害者や家族を不幸にします。妹は小学校六年生で糖尿病になったためいじめられ不登校になってしまいました。中学校も高校も行っていません。

高校まで行っていれば自分で糖尿病のことを勉強して血糖値コントロールができ失明したり腎臓病になったりしなかったかもしれないと思っています。