2025年11月22日土曜日

血糖値2020年1月~11月

 2020年3月6日の深夜1時頃、私が寝ている間に2階へ上がって、降りてくる時にもう階段がないと思ったのでしょう。何段目かは見ていないのでわかりませんが、転落してコ゚トンという音がして目が覚めました。すぐに救急車を呼べば良かったのですが、骨折しているとは思わず、朝になってから近くの西村外科小児外科へ連れて行きました。骨折はしていないということで安心しましたが、容態が悪くなったので3月8日に救急車を呼んで済生会松山病院へ行きました。骨折、肺炎、尿閉でした。

済生会松山病院入院後に天山病院へ転院し6月30日に退院しました。

11月2日に久米病院精神科医から入院しないと命に関わると電話で言われたので、検査だけだと妹をだまして久米病院内科へ入院させましたが、入院を嫌がって車椅子で移動させようとした時に骨折していました。愛媛県立中央病院腎臓内科へ転院した方が良いと言われ、外来を受診した11月16日に整形外科も受診したら骨折していて即日入院となりました。

12月17日には天山病院へ転院しました。


















血糖値2019年8月~12月

2025年11月21日金曜日

血糖値2019年8月~12月

 2019年8月28日に入院中の南高井病院から藤山糖尿病・代謝内科の外来受診をしました。何で入院中なのにわざわざ外来へ行かないといけないのかと思いましたが、南高井病院は退院前にかかりつけだった藤山糖尿病・代謝内科で私にインスリン注射と血糖値測定の仕方を教えてもらうつもりだったそうです。

藤山糖尿病・代謝内科で妹が南高井病院には戻りたくないから他の病院を紹介してくれと頼んだからかわかりませんが、インスリン注射と血糖値測定の仕方は教えてもらえませんでした。それに藤山糖尿病・代謝内科から南高井病院へ電話があって、もう妹は診ないから出入り禁止だというような話があったそうです。

南高井病院に戻ってからもぐずったため即日の強制退院になりました。簡単な注射の仕方と栄養のことを教えてもらって夕方に退院しました。心の準備もできていないし、妹の食事も用意していないし大変でした。退院の予定ではなかったので、南高井病院まで自転車で行っていたので、自転車を置いてタクシーで帰宅しました。

南高井病院を退院した翌日の8月29日にあらたま内科・糖尿病内科を受診して、血糖値の測り方を教えてもらいました。注射も血糖値測定も慣れる前に勝手口から転倒して平成脳神経外科病院へ入院する羽目になってしまいました。







11月15日に久米病院精神科に入院したのですが、久米病院なんか受診しなければ良かったと後悔しています。久米病院を退院した時には血糖値測定は食後だけで良いと言われたのですが、12月23日にあらたま内科・糖尿病内科を受診したら寝る前も測定してくれと言われ、久米病院入院前と同じように一日四回の測定に戻しました。



血糖値2019年8月~12月

2025年11月20日木曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話39

松山市の救急医療機関で人工透析ができるのは松山赤十字病院、済生会松山病院、松山市民病院、南松山病院だと思うのですが、2022年3月11日の救急当番は南松山病院でした。これらの病院に精神科の外来はないのですが、松山赤十字病院は他科治療中の方に特化した診療を、松山市民病院は入院中の方の精神症状のケアを行っているようです。

妹が松山赤十字病院か松山市民病院に運ばれていたらまた違っていたかな、胃潰瘍なんかで死ぬことはなかっただろうなと思っています。

救急搬送されて南松山病院に入院した翌日に内科外来の主治医が病室に来て「透析を続ける意志がないなら透析を止めることを考えてはどうか」と言われました。

ベテル三番町クリニック医師とケアサポートたちばなケアマネージャーから看取った方が良いのではと言われた上に南松山病院医師からも治療する気がないような、治療が無駄なようなことを言われて絶望しました。

妹が異常な空腹感がある上に大声を出すので、何とか治まるようにしてやりたいと、宇佐美消化器クリニックを受診し駄目だったので次に南松山病院内科を受診したところ熱があるからと発熱外来に回され、異常な空腹感の原因は調べられず、愛媛大学から腎臓内科の医師が来るからと予約まで入れられて、受診したところが良くなるどころか余計精神の異常が激しくなってしまいました。

これなら千舟町クリニックの訪問診療を続けている方が時間、労力、タクシー代の無駄になりませんでした。

松山赤十字病院や愛媛大学医学部附属病院のような大きな病院へ連れて行っていれば今も生きているだろうか、病院の選択を間違えたのだろうかと考えてもしょうがないことを毎日考えています。

南松山病院入院中のことはこちらに書いています。途中で終わっていますが、思い出すと辛いし気分が落ち込むので文章を書くのは一旦これで終わろうと思います。「医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話」もここで終わって、次からは毎日測定していた血糖値や処方された薬などを記録していこうと思っています。

2022年3月11日南松山病院入院

南松山病院に入院してから#1

南松山病院に入院してから#2

2025年11月19日水曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話38

 2022年になると外来受診を嫌がるだけでなく、食べる量も減り、ベッドから起きて台所のテーブルでの食事も嫌がるので、ベッドに座って食事をさせました。おなかが空いたと大声を出すこともなく、寝たきりのような状態になりました。腎臓が悪化して、起きるのも辛く食欲もなくなったのでしょう。

妹は何々だから病院へ行かないとか何々だから入浴しないとか、理由を言わないでただ嫌としか言わないので困惑しました。

患者本人が拒否すると救急車では搬送してくれないので、無理にでも病院へ連れて行ってくれる介護タクシーはないかとケアサポートたちばなのケアマネージャーに聞いたような記憶があるのですが、ないと言われたと思います。

ベテル三番町クリニックは何の治療もしてくれないので、松山協和病院の中にあるケアサポートたちばなのケアマネージャーなら人工透析をしてくれる病院を知っているかもしれないと電話で聞いたのですが、後で掛け直すと言われ、ベテル三番町クリニック医師から電話が掛かってきて治療しないで看取った方が良いと言われたと思います。その後にケアマネージャーからも電話で、看取った方が良いと言われたように思います。

妹の場合は本来なら介護保険を受けられる年齢(65歳以上)ではないのですが、特定疾病があって40歳から受けられるようになりました。多分、糖尿病性網膜症になったからだと思います。デイサービスのように自分の親くらいの年齢の人たちが集まる介護サービスよりも医療サービスを受ける方が大事だと思って病院付属の介護事業所のケアマネージャーを選んだのですが、所詮は介護事業者だからなのか医療に関する知識は少ないようでした。

精神状態が悪化して外来受診も難しくなっていた2021年10月8日にはケアマネージャーから勧められた体験デイケアに行きました。どうせ行く気がないなら最初から断れば良いのですが、デイケアに通うのは嫌だと断りました。アトムケアサポートのケアマネージャーの時もそうでしたが、妹はデイサービスに行く気はないと伝えているのに、しつこく勧誘したのかどうかはわかりませんが、一度行ってやめることになりました。


ケアマネージャーには利用者から料金を払うことがないから、色んなサービスを勧めることによって収益を上げているのだろうかと思ってしまいます。こちらから頼んだことはしてくれないことが多かったように思います。

私としては人工透析に行けるように治療して欲しいのに、訪問診療のベテル三番町クリニックは全く治療をする気はなく、ケアマネージャーに相談しても医師と同じく看取った方が良いと言うだけで、誰にも頼れない状態でした。

どんどん悪くなって行く中でベテル三番町クリニック医師からは3月までの命だと言われたように思います。最後は救急車で病院へ連れて行くのが最後の望みでした。毎日のように救急車を呼ぶから病院へ行くかと聞いていました。

そうした2月25日に病院へ行くと言うから救急車を呼びました。しかし救急隊が部屋に来て搬送しようとすると嫌だと拒否して、救急隊は帰って行きました。3月11日にも救急車を呼びましたが、やはり救急隊が部屋に来て搬送しようとすると嫌だと拒否しました。もう駄目かと思いましたが、その日の救急隊は南松山病院へ搬送してくれました。これで命は助かったと思いましたが、そうは行きませんでした。

2025年11月18日火曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話37

 2022年になると南松山病院内科外来受診を嫌がって行かなくなりました。1月4日の予約があったのですが、私だけ行きました。何を話したか覚えていないのですが、多分1週間後の1月11日に予約を取ってもらったのだと思います。1月11日にも嫌がって行かないので私だけで行きました。

1月13日は愛媛大学医学部附属病院精神科の予約があったのですが、これも行けませんでした。精神科で治療または入院して人工透析が受けられるようになるか、腎臓移植ができればと期待していたのですが、本人が行かないと言うので落胆しました。

このままズルズルと病院へ行けない状態が続いても南松山病院が何かをしてくれるわけではないので、あわてて訪問診療をしてくれるところを探しました。精神科医で訪問診療をしてくれるところがあるかと松山医師会に電話しましたが、主治医を通してだったか地域連携室を通してだったか忘れましたが、そこを通してでないと直接個人には教えられないと言われました。

キリスト教系だから良いかと思って、ベテル三番町クリニックに訪問診療をお願いすることにしましたが失敗でした。医師は治療する気が全く無くて、自分の仕事は死亡診断書を書くことだと言われました。千舟町クリニックでも毎月血液や尿を取って検査をしていましたが、ベテル三番町クリニックでは全く検査をするということがありませんでした。

訪問診療時に看護師と来ていたのですが、血圧や体温を測っていたか記憶にないので、測っていなかったかもしれません。血圧や体温を書いた記録簿はありませんでした。

南松山病院からの診療情報提供書は封をしていたのでコピーできず、そのままベテル三番町クリニック職員に渡したのですが、治療はしなくても良いと書かれていたのでしょうか。ベテル三番町クリニックから処方されたのはインスリン注射だけでした。南松山病院で処方されていた薬は出されませんでした。薬局は指定された薬局で配達料まで取られました。




2025年11月17日月曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話36

 2020年11月2日に久米病院精神科医師が電話を掛けてきて、入院しないと命に関わると言うから怪我をしないかと心配しながらも、検査に行くだけだからだとだまして連れて行ったのに、2021年12月22日に私だけで久米病院精神科に相談に行った時は、久米病院内科に入院したせいで骨折したことに精神科医師は何も語りませんでした。この精神科医師には10年くらい診てもらっていたのだと思いますが、精神科の治療をしながら人工透析ができるところはないかと聞いた私にそんなところはないと言われただけでした。

南松山病院での最後の外来受診の12月28日には精神科を再度受診するように言われました。久米病院精神科では患者本人が受診してから1年以上経っているので処方箋を出せないと言っていたので、南松山病院内科医師にもそのように伝えられたのでしょう。2022年1月13日に愛媛大学附属病院精神科を受診することになりました。

前日に愛媛大学附属病院精神科へ行くかと妹に確かめたら行くと言うのでタクシーを予約しました。しかし当日になると行かないと言い出しました。私だけで行って相談できるかと電話しましたが、初診は本人が来ないと駄目だと言われ、病院の予約も来ていたタクシーもキャンセルしました。

車椅子に乗せて行けるような距離にも精神科クリニックはいくつかあったのですが、久米病院みたいに骨折させられる恐れがあるので、大きな病院以外は受診するのが怖くなっていました。

封がされていなかったり、受診しなかったりして診療情報提供書を見ることができましたが、こんな診療情報提供書に何の意味があるのだろうかと思います。久米病院内科に入院時に骨折したことも、愛媛県立中央病院、天山病院と転院したことも、天山病院から放り出されるように退院させられたことも書かれていません。これなら患者や家族が口頭や問診票で伝える方がずっと良いと思います。






2025年11月16日日曜日

医師とケアマネージャーは助けてくれないというお話35

 2021年11月に腎臓が悪くなっているからすぐに入院しろと久米病院から言われ、嫌がっているのに無理に連れて行くと怪我をしてはいけないと心配でしたが、精神科医からも命に関わると電話が掛かってきたので、検査するだけだと嘘を言って連れて行ったのに、骨折させられました。

久米病院内科に入院したせいで骨折したのに、転院した方が良いと言われて外来で受診した愛媛県立中央病院腎臓内科では入院する必要はないと言われました。その後に受診した整形外科で骨折がわかったので、科は違いますが結局は転院することになりました。

愛媛県立中央病院から転院した天山病院では精神科もある整形外科病院に転院させて治療、リハビリをすると言われていたのに、放り出されるように退院させられました。

その後は精神状態は落ち着いたように見えましたが、2021年8月から服用したピロリ菌除菌薬ボノサップパック400の副作用なのか、一気に悪くなりました。最初は認知症になったのかと思って平成脳神経外科病院を受診しました。翌日には平成脳神経外科病院から言われて愛媛県立中央病院腎臓内科を受診しましたが、ボノサップパック400の副作用ではないかと言われましたが、点滴はしたかもしれませんが、何か治療されたような記憶はありません。精神科等を受診するようにとも言われませんでした。

妹は風呂が好きで、毎日シャワーだけでなく湯船にも必ず入っていたのが、2021年からでしょうか、シャワーだけになり、そのシャワーも8月からは嫌がるようになりました。9月は3回しかシャワーを浴びていません。10月、11月は全くシャワーも浴びず、12月1日に浴びたのが自宅では最後でした。同じように歯磨きも嫌がるようになり、私が磨くようになりました。

南松山病院内科を受診した時には入浴も歯磨きも嫌がるようになったと言っていたし、待合室で待っている時に大声を出したり、車椅子から立ち上がろうとしたり、異常なことは内科医にもわかっていたはずですが、特別治療をされることもなく12月になってしまいました。

12月21日に話があるのでと南松山病院内科医に呼び出され、南松山病院へ行くと久米病院精神科を受診するようにと言われ、診療情報提供書を渡されました。翌日に受診するようにするが、妹は行かないかもしれないと内科医には伝えました。

12月22日になると、やはり妹は行かないと言うので私だけで行きました。精神科医には精神科の治療もできるところで人工透析させたいと言いましたが、精神科医にはそんな病院はないと言われました。南松山病院内科医には後で書類を送っておくと言われました。12月28日が南松山病院最後の外来受診でした。